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研究紀要 第15集 佐賀県立名護屋城博物館 古式捕鯨図 石垣瓦発掘調査 肥前国大絵図 戦前の写真絵葉書古写真 文禄慶長の役 写真図表資料論文

現在價格: 2980 (稅0)
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賣家情報
賣家名稱 serendipitybooksさん
總合評價 3,187
正面比率 100%
出品地福岡県
賣家其他的拍賣品

   
詳細資料
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開始價格: 2980 (税 0 )
最高下標者: 沒有
賣家名稱: serendipitybooks
拍賣品ID:g514946379
下標單位: 100
開始時間:2024-06-02 22:24 香港:(21:24)
結束時間:2024-06-03 22:24 香港:(21:24)
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商品説明

 
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研究紀要 第15集 佐賀県立名護屋城博物館 捕鯨図・石垣、瓦発掘調査・肥前国大絵図・戦前の写真絵葉書古写真・文禄/慶長の役

佐賀県立名護屋城博物館 発行
2009年
136ページ
29.5x21x0.8cm


名護屋城にまるわる論文・調査研究報告書をまとめたもの。
明治大正昭和20年頃までの、戦前の写真絵葉書(古写真)30点、石垣、瓦列の発掘調査写真・地図、
捕鯨図からみる古式捕鯨業について、漁業史・捕鯨業史を検証、ほか、写真や図表など情報満載の資料本。
過去10年間、ヤフオクに出品されたことのない、大変貴重な一冊です。

【目次より】
講演録
洪家の置文―壬辰倭乱のもたらしたもの― 小宮睦之

論文
「肥前国大絵図」(慶長肥前国絵図名博本)について  浦川和也
―慶長肥前国絵図研究の新視点―

論文
小川島漁場を主題とする二つの捕鯨図 安永浩
―「肥前国小川島鯨場絵図」と「小川島捕鯨図屏風」―

論文
絵画史料にみる近世西海鯨組の納屋場構造 安永浩

目録・解題
唐津藩船手松下家関係史料について〔岩下家史料目録・解題I〕 久野哲矢

翻刻・解題
岩下家史料文化八年通信使来聡関係出役記録 中村久子
久野哲矢
唐津古文書研修同好会

論文
肥前名護屋城跡ニノ丸合坂の瓦列の意味するもの 松尾法博
―「名護屋城の破却意識」の保存と活用―

資料紹介
写真絵葉書に見る名護屋城跡 武谷和彦
―「文禄・慶長の役」における国内拠点「名護屋」の歴史資料―

『研究紀要』第1~14集の掲載論文一覧

【各論序文一部紹介】
小川島漁場を主題とする二つの捕鯨図
 小川島漁場(呼子沖の小川島近海を中心とした捕鯨漁場)での捕鯨業の様子を描いた絵図史料としては、唐津藩士・木崎攸軒が安永二(一七七三)年に制作した「小児の弄 鯨一件の巻」や、天保十一(一八四〇)年に豊秋亭里遊が著した「小川島鯨鯢合戦」などが箸名である。また、呼子に居を構えつつ五島方面で操業した鯨組主・生島仁左衛門が寛政末年頃に完成させた「鯨魚鑑笑録」も、小川島漁場について触れている。いずれも様々な図と解説文により鯨組の活動の実態を記した秀逸な「捕鯨図説」であり、当時の漁法・操業手順や漁場の特徴といった詳細を知る好適な史料となっている。
 本稿で紹介する「肥前国小川島鯨場絵図」及び「小川島捕鯨図屏風」の二点も、小川島漁場における鯨組操業の様子を描いたもので、その実態について新たな知見を得るだけでなく、既知の捕鯨図説に依拠した情報を追認・補完する意味でも非常に興味深い史料である。
 そこで本稿では、これら一石の絵図の描写内容について詳しく検証するとともに、他図説との比較からその関連性についても考えてみたい。ただし、本稿は美術史(近世絵画史)的な観点ではなくあくまで漁業史・捕鯨業史という観点からのアプローチであることを予め御容赦いただきたい。

絵画史料にみる近世西海鯨組の納屋場構造
 江戸時代に紀伊半島周辺をはじめ各地で花開いた古式捕鯨業の中でも、響灘から九州北西部にかけての沿岸や島嶼域を操業海域とする西海漁場は多くの好漁場を有し、そこで操業する鯨組は大きく栄えた。例えば西海各地で複数の組を展開した益冨組は、享保十(一七二五)~明治六(一八七三)年の百四十二年間に総計二万千七百九十頭もの鯨を捕獲したという。また、文政十一 (一八二六)年季に小川島漁場で操業した中尾組の記録によると、漁期全体で五十二頭、多い日で一日に五頭もの捕獲があるなど、一日で複数の漁獲があることも少なくなかった。このように捕獲された鯨は、漁場近くの岸辺に設置された納屋場において解体・加工処理された。
 鯨組の組織は、海上で鯨を捕獲する沖場部門と、捕獲した鯨を陸上で解体・処理する納屋場部門とに大別される、古式捕鯨業においては、とかく巨大な鯨との壮絶な格闘を繰り広げる沖場が注目されがちであるが、陸上の納屋場も産業としての捕鯨業を支える重要な役割を担っており、納屋場での作業によって生産された鯨油や鯨肉が製品として流通することで、初めて鯨組に利益がもたらされるのである。
 ところで、西海地域の鯨組では、納屋場での鯨の処理作業が非常に迅速であったことが知られている。呼子・壱岐・五島方面など西海各地の鯨組を視察した土佐室戸の大津義三郎の記録によれば、土佐の鯨組では八尋の鯨に一日がかりとなるところを、西海の鯨組では十三尋の鯨の解体をわずか二、三時間で終えることができ、納屋場は一日で四頭もの解体処理能力を有していたとして、その迅速さに驚嘆している。
 その解体処理の迅速さの背景にあったものは、大津の言によれば、轆轤を石垣の上に設けていることと、大納屋・小納屋などで機能分担して処理していることである。各鯨組で解体処理作業の効率化を図った結果、このような方法が定着していったと思われる。また、解体の手順も西海地域の鯨組でほぼ定型化されていたが、そのことを効率的で迅速な解体作業の一翼を担っていたと’いえよう。一方、紀州や土佐の鯨組の納屋場は、例えば轆轤を地浜に直接据え、鯨体を輪切りにするように大きく切り分けて解体するなど、西海鯨組の納屋場とは明らかに異なっている。
 そういった西海鯨組の納屋場作業の効率性が確立されていく中で、納屋場の構造そのものもより機能性・効率性を重視した形に進化し、それが定着したであろうことは想像に難くない。そこで本稿では、いわゆる捕鯨図説など近世の絵図史料に描かれた描写をもとに、納屋場の全体構造及び処理施設内部の構造を検証し、作業の迅速性・効率性の関連の中でその特徴や傾向を見出してみたい。

唐津藩船手松下家関係史料について〔岩下家史料目録・解題I〕
 全国に張り巡らされた道路や鉄道、そして航空網の著しい発達によって、社会は急速に一体化の方向へ進んでいる・産業革命までは物流の大部分を船舶が担い、その巨大な輸送力は現在の生活においても決して欠かすことはできない。豊臣秀吉による「文禄・慶長の役」では、その輸送力が戦争に用いられた点で悲しむべきことではあるが、西国から集められた船は二度の戦いでいずれも十五万人近い人間を朝鮮半島に運んだといわれる。そして、その際に兵站輸送・船継連絡の任にあたった寺沢広高を最初の藩主として唐津藩は始まる。正保四(一六四七)年にその息子堅高が死去し寺沢家が改易になって以降は、長崎を控える場所柄、大久保・松平・土井・水野・小笠原の各譜代大名が入部した。領主の転封が頻繁にあったため、地元での藩政史料の残存状況は決して良好とは言えない状況である。
 その中で、平成六年に名護屋城博物館に寄贈された「岩下家史料」には、この唐津藩の船手で代、大船頭などを勤めた「松下家」の史料群が含まれている。「船手」とは本来藩直営の水軍で、御手船(藩有船)を管理・運用しながら輸送や沿岸警備にあたった組織を指す呼称である。これまでの研究においては、海運や海防に関わる分野でその活動が取り上げられてきたが、船手そのものの組織や職掌については未だまとまった形での報告がなされていないため、その活動の実態については不明な点も多い。その中で、この松下家の記録は、日記や控を中心に、藩政、海運、流通、海防などに関する豊富な情報を書き留めている点で重要である。そこで本稿では、それら船手関係の史料を用いて、組織や職掌について検討したのち、史料を分類しながらその特徴を明らかにしてみたい。後半には船手関係史料(229点)の目録を掲載する。

岩下家史料文化八年通信使来聡関係出役記録
 近世、肥前唐津藩の船手の一員であった松下家関係史料を含む岩下家史料は総数千点以上にのぼるが、そのなかから一冊の書冊を翻刻・紹介する。
  「文化八年通信使来聡関係出役記録」と仮題の付された本史料は、縦二五・三m、横卜七・三m、総丁数百四十の竪帖、表紙はなく、一丁目から直に「朝鮮通信使来聘御用二付」の書き出しで始まる・内容的には仮題のしめすとおり、朝鮮通信使、なかでも結果的に最後の聡礼となった文化八年(一八一二の通信使にかかわる唐津藩船子の記録である。本史料から作成者個人を特定することはできないが、いずれ唐津藩の船手の中枢で記されたものとみて間違いなかろう。これに類する史料が松下家関係史料中には複数あり、たとえば「御乗船向一色」 「閏二月廿四日より諸事覚」などという表題がつけられた一群の記録とあわせみれば、文化度の通信使が唐津藩においても大きなできごとであったことが察せられる。
 慶長十二年(一六〇七)の修好・回答刷還使に始まるいわゆる朝鮮通信使の来聘は、江戸期をつうじて十二回を数えるが、文化度のこの聘礼をもって最後となった。
 朝鮮国王からの通信使の聘礼は、通算五度目の明暦元年(一六五五)以降、徳川幕府の将軍襲職を賀しておこなわれるのが通例となっており、漢城を出発してはるばる江戸、あるいは日光まで、五百人にのぼる大使節団と、それに劣らぬ日本側の出迎えの大行列がおりなす豪華絢爛たる旅の行程は、沿道の耳目を集め、幾多の絵画作品として残されている。旅程は、漢城から釜山、対馬、壱岐を経て筑前藍島へ渡り、長門赤間関から瀬戸内海に入り、上関、蒲苅、鞆浦、室津、兵庫などに寄港した後大坂に上陸、そこから陸路をとって江戸へ向かうというものであった。江戸城における儀礼はもとより、数ヶ月にも及ぶ往復の途上の歓をつくした接待ぶりはつとに知られているが、それだけに幕府・諸大名の財政的負担は莫大なものであった。
 十一代将軍家斉が将軍職を継承した天明七年(一七八七)は、嘉例とはいえもはや(以下略)

肥前名護屋城跡ニノ丸合坂の瓦列の意味するもの
 名護屋城跡の石垣修理事業に伴い、事前の発掘調査や石垣解体途中にも発掘調査を行っている。今回は、その発掘調査で、ニノ丸の西部に位置する3つの合坂のひとつにおいて検出した瓦列についての事例を報告し、これの意味するもの(城の破却=破城)について考えてみたい。
 また、これまで、名護屋城跡並びに陣跡保存整備事業の成果を迅速に当博物館における展示に十分反映できていなかった。発拙調査に係る記録保存の在り方の一つとして、平成11年度に名護屋城跡二ノ丸合坂のジオラマ作成を行ったので、その制作の記録を紹介するとともに、発掘調査で検出した遺構の展示について所感を述べたい。
 そこで、本稿の第1章では、これまでの名護屋城跡並びに陣跡の保存整備事業について概観し、第2章では、名護屋城跡石垣修理に伴う発掘調査についての概要やその成果について整理を行う。第3章では、これまでの調査成果を踏まえて、ニノ丸合坂の瓦列について資料の検討を行う、第4章では、その遺構の保存と活用の事例について具体的な紹介を行う。

写真絵葉書に見る名護屋城跡
 特別史跡「名護屋城跡並びに陣跡」の保存整備事業が昭和51年度より本格的に実施されるようになって今日に至るまで30年以上が経過している。この間、埋蔵文化財発掘調査によって得られた重要かつ膨大な情報の蓄積があるが、実際の発掘調査では、江戸時代から近代における当該期遺偈の損壊状況もさることながら、第2次大戦後以降、現代における上地改変・遺構の破壊は各所において甚だしいものがある。
 本稿では、主に上記のような状況に鑑み、近代(明治・大正・昭和20年頃まで)における名護屋城跡・陣跡等の状況を端的に把握し得る「写真資料(古写真)」の内、近代において発行された「写真絵葉書」を対象としてその状況を概観しつつ、主に名護屋城・陣等の調査・整備等を考える上での基礎資料としての有効性を探ると共に、「写真絵葉書」の歴史資料としての価値認識を提起することを試みたものである。



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