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オークショントップ > アンティーク、コレクション > 武具 > 火縄銃、古式銃

■図録/日本最古の火縄銃/八板金兵衛初作銃.初伝銃.南蛮風火縄銃.種子島銃.慶長大火縄銃.信玄砲.関ケ原合戦使用銃.朝鮮製火縄銃.日野筒.他

現在價格: 3000 (稅0)
剩餘時間: 終了
落標數量: 1件
賣家情報
賣家名稱 kam********さん
總合評價 6,104
正面比率 99.9%
出品地兵庫県
賣家其他的拍賣品

   
詳細資料
個數:1
開始價格: 3000 (税 0 )
最高下標者: ban********
賣家名稱: kam********
拍賣品ID:l1135657324
下標單位: 100
開始時間:2024-05-22 22:50 香港:(21:50)
結束時間:2024-05-29 22:50 香港:(21:50)
商品圖片
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商品説明




ー”画像・1と同じ”ー

●「豊臣秀吉十二将図」・・・●  ●「徳川家康十六将図」・・・●  ●「慶長大火縄銃」・・・●

 




ー”画像・3と同じ”ー

●「阿久根砲」・・・●  ●「アジア地図」・・・●  ●「日本地図」・・・●

 




ー”画像・4と同じ”ー

●「八板金兵衛初作銃」・・・●  ●「初伝銃」・・・●  ●「種子島時尭」・・・●

 




ー”画像・5と同じ”ー

●「種子島銃」・・・●  ●「南蛮風火縄銃」・・・●  ●「東南アジア製火縄銃」・・●

 




ー”画像・7と同じ”ー

●「喜蔵とりつき銃」・・・●  ●「信玄砲」・・・●

 




ー”画像・8と同じ”ー

●「徳川家康所用火縄銃」・・・●  ●「関ケ原合戦使用銃」・・・●

 




ー”画像・9と同じ”ー

●「日野筒」・・・●  ●「朝鮮製火縄銃」・・・●  ●「稲富一夢花押入銃」・・・●

 

Auction Templates オクのミカタ [ヤフオクの商品追加画像をカンタンに追加].


■■図録■■  ■■「日本最古の火縄銃」・展■■  ■■「日本地図」■ ■「アジア地図」■ ■「阿久根砲」ーポルトガル製と考えられる16世紀の大砲■ ■「初伝銃」ー天文12年・(1542)・に種子島時尭がポルトガル人から買い求めた鉄砲の内の一挺であるとされている火縄銃■ ■「八板金兵衛初作銃」ー八板金兵衛が初伝銃を手本にして制作した国産一号銃と伝えられる火縄銃。金兵衛はこの銃を制作するために、自分の娘をポルトガルに嫁がせて、ネジの技術を学んだというく・若狭伝説・が種子島に伝わっている■ ■「東南アジア製火縄銃」ー日本へ初めて伝えられた火縄銃は東南アジアで制作されたのではないかと考えられている■ ■「南蛮風火縄銃」ーこの火縄銃は大阪堺で制作されたものであるが、銃身に装備された象嵌などに、南蛮風の意匠を見ることができる。制作年代も江戸初期と、火縄銃としては古い部類に属する■ ■「種子島銃」ー種子島銃には他で作られた火縄銃とは異なる特色を見ることができる。銃床の形状、鉄製のカラクリを金箔で装飾している。種子島は鉄浜と呼ばれる海岸があるほどに砂鉄が豊富に採取できた島であり、古くから鉄製品を加工する技術を有していた。■ ■「長篠合戦図屏風」■ ■「豊臣秀吉十二将図」■ ■「徳川家康十六将図」■ ■「慶長大火縄銃」ー全長300cm、重量135kgの日本最大の火縄銃である。この銃は銃身下部の銘と羽子板の刻銘によって銃身を国友甚左衛門が制作し、台や金具を堺の鍛冶が作った国友と堺の合作銃である■ ■「信玄筒」ー現在は木部が失われ、銃身の部分のみが残されている。元亀・4年・(1573)・武田信玄が菅沼定盈の守る野田城を攻撃したときに場内から笛の音がきこえてきた。その笛は名人と言われた村松芳休が吹いたもので、その音に誘われてきた信玄を、この鉄砲で鳥居三左衛門が撃ったものと伝えられている■ ■「喜蔵とりつき銃」ー京都の龍源院に所蔵されている天正11年・(1583)・在銘の火縄銃である■ ■「関ケ原合戦使用銃」ー慶長5年・(1600)・の関ケ原合戦に島津隊が使用したと伝えられる火縄銃。銃床に特徴があり、尾栓の部分が鳶口のように後ろへ伸び、ネジで銃床に固定されるようになっている。この銃は種子島銃とは別系統のシャム製の火縄銃を原型にしたものと考えられる。■ ■「徳川家康所用火縄銃ー銘・刃鉄筒三重張・日本清尭・(花押)・慶長拾八年七月吉日/銘・南盤鋳穴栗鋳三重張・日本清尭・(花押)・慶長七年十一月吉日ー。徳川家康に関連する火縄銃は・「清尭」・と銘があるものがある。「清尭」・とは三河出身の野田善四郎のことで、家康、秀忠のお抱えの鉄砲鍛冶であり、後に刀鍛冶に転向し、繁慶と改名した。現存する清尭銘の火縄銃は20挺もどで年記のあるものは慶長15年から20年にかけての作品である。本資料には、火薬入、玉入、火縄などが付属している■ ■「稲富一夢花押入り銃」ー戦国時代から江戸時代にかけて火縄銃の流派である稲富流を確立した稲富一夢利齋・(花押)・の象嵌を銃身に見ることができる。江戸時代の極初期の火縄銃である。尾張藩でも稲富流を用いるなど、各地の大名に多く採用された流派であった■ ■「朝鮮製火縄銃」ー豊臣秀吉が朝鮮に出兵したときに、大量の火縄銃が大勢の武将と共に同地に渡っていった。朝鮮での火縄銃の製作はこれ以降盛んになったと考えられる。日本の武将として朝鮮に渡り、この戦いが朝鮮の人に大きな迷惑をかけていることを悟り、その後朝鮮のために尽くした沙弥可は鉄砲衆の雑賀ではないかと考えられている■ ■「日野筒」ー火縄銃の産地の一つであった日野で作られた火縄銃。寛永三年の銘があり、日野産の火縄銃としては最も古いものである■ ■他■■  ■■21点・全カラー■■  ■■以下詳細をご覧下さい!!■■




■■『図録』・・・■■



ー”特別記念企画展”ー

●●「日本最古の火縄銃」・展・・・●●

  ◆新城市設楽原歴史資料館。



■主催ー新城市/新城市教育委員会。
■会期ー2001年10月2日ー11月1日。
■編集・発行ー新城市設楽原歴史資料館。
■サイズ=21×29.5cm。
■定価=記載なし。
■状態=美品。
  ●表紙に多少のキズ、ヤケが有ります。
  ●本誌内に多少のヤケが見えますが
  ●大きなダメージは無く
  ●年代的には良い状態に思います。



◆◆注意・・・◆◆

 ★発行日より経年を経て下ります。
  コンディションに係らず、古書で有る事を
  充分に御理解の上、御入札下さい。

 ★全18頁の厚みの無い図録です。
  詳細文を良くお読みになり御入札下さい。
  また、神経質な方は入札をご辞退下さい!



●全・18頁・上質光沢紙・・・!!



●図版・21点・全カラー・・・!!



●図版・頁に・・・!!

  ◆番号/作品名/所蔵/指定/作品解説/寸法。



●蒐集・資料などの参考に・・・!!



●探されていた方は・この機会に・・・!!



●以下・詳細をご覧ください・・・!!



●掲載案内は・抜粋して下ります・・・!!



●掲載内容は・Q&Aより・問い合わせ下さい・・・!!



●数字記載は目視です・間違いは御容赦下さい。



●掲載を抜粋紹介し・「タイトル」・と・致します。




●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



■■『ごあいさつ』・・・■■

**”新城市長・山本芳央”**



■■『図版』・・・■■

**”(全・カラー)”**

 ●1・日本地図。
               ・本館蔵。

 ●2・日本地図。
               ・本館蔵。

 ●3・アジア地図。
               ・本館蔵。

 ●4・阿久根砲。
               ・阿久根郷土資料館。
               ・鹿児島県指定文化財。

  ★ポルトガル製と考えられる16世紀の大砲。
   鉄砲伝来当時に日本へ来航した外国船の備砲であ
   ったと考えられる。
   昭和32年、阿久根市旧台場跡地から約百mの砂
   浜より発見された。
   年代は未確定であるが、種子島初銃と共に日本に
   最初に持ち込まれた鉄砲の一つと考えられる。
   略・・・・・。

 ●5・種子島時尭。
               ・文久3年。
               ・国麿画。
               ・林コレクション。

 ●6・初伝銃。
          ・種子島時邦氏蔵。
          ・種子島開発総合センター寄託。

  ★天文12年・(1542)・に種子島時尭がポル
   トガル人から買い求めた鉄砲の内の一挺であると
   されている火縄銃。
   略・・・・・。

 ●7・八板金兵衛初作銃。
          ・種子島時邦氏蔵。
          ・種子島開発総合センター寄託。
          ・西之表市指定有形文化財。

  ★八板金兵衛が初伝銃を手本にして制作した国産一
   号銃と伝えられる火縄銃。
   金兵衛はこの銃を制作するために、自分の娘をポ
   ルトガルに嫁がせて、ネジの技術を学んだという
   ・「若狭伝説」・が種子島に伝わっている。

 ●8・東南アジア製火縄銃。
               ・林コレクション。

  ★日本へ初めて伝えられた火縄銃は東南アジアで制
   作されたのではないかと考えられている。
   これはその流れをくむ東南アジア製の火縄銃。

 ●9・南蛮風火縄銃。
               ・本館。
  ★この火縄銃は大阪堺で制作されたものであるが、
   銃身に装備された象嵌などに、南蛮風の意匠を見
   ることができる。
   制作年代も江戸初期と、火縄銃としては古い部類
   に属する。

 ●10・種子島銃。
               ・本館。

  ★種子島銃には他で作られた火縄銃とは異なる特色
   を見ることができる。
   銃床の形状、鉄製のカラクリを金箔で装飾してい
   る。
   種子島は鉄浜と呼ばれる海岸があるほどに砂鉄が
   豊富に採取できた島であり、古くから鉄製品を加
   工する技術を有していた。

 ●本種子鋏。
               ・牧瀬鋏製作所。

 ●11・長篠合戦図屏風。
               ・名古屋市博物館。

 ●12・豊臣秀吉十二将図。
               ・新井忠定画。

 ●13・徳川家康十六将図。
               ・本館。

 ●14・慶長大火縄銃。
               ・前田正弘氏蔵。
               ・堺市博物館寄託。

  ★銘/江刕國友住重富甚左衛門作、摂刕生國堺干時
   紀刕和哥山住、鎌倉屋藤兵衛作、慶長拾五年戌ノ
   三月五日。

  ★全長300cm、重量135kgの日本最大の火
   縄銃である。
   この銃は銃身下部の銘と羽子板の刻銘によって銃
   身を国友甚左衛門が制作し、台や金具を堺の鍛冶
   が作った国友と堺の合作銃である。
   稲富一夢の指導で制作されたと伝えられ、銃身上
   部に一夢直筆の文字と花押が一面に象嵌され、銃
   床にも花押が焼印されている。
   慶長15年・(1610)・に制作された本銃は
   大阪城攻撃のためと考えられている。

 ●15・信玄筒。
               ・宗堅寺。

  ★銘/不明  象嵌銘・拾三匁。

  ★現在は木部が失われ、銃身の部分のみが残されて
   いる。
   元亀・4年・(1573)・武田信玄が菅沼定盈
   の守る野田城を攻撃したときに場内から笛の音が
   きこえてきた。
   その笛は名人と言われた村松芳休が吹いたもので
   、その音に誘われてきた信玄を、この鉄砲で鳥居
   三左衛門が撃ったものと伝えられている。
   「菅沼家譜」・によると籠城する前に家康が定盈
   に贈った鉄砲の一つであると記している。
   信玄が野田城攻撃の直後に亡くなっているために
  ・「信玄狙撃」・の伝説ができたと思われる。
   そうした伝説を持つ・「信玄砲」・は、日本に残
   る多くの火縄銃のうちでも最も古い火縄銃の一つ
   であるといえる。

 ●16・喜蔵とりつき銃。
               ・京都大徳寺龍源院。

  ★墨書銘部分。

  ★墨書銘/天正一一九月九日喜蔵とりつき。

  ★京都の龍源院に所蔵されている天正11年・(1
   583)・在銘の火縄銃である。
   この火縄銃は銘のあるものとしては日本最古の火
   縄銃として有名なものであり、また戦国時代に使
   用されたことの確証をもつ火縄銃である。
   銃に記されている・「喜蔵」・養父、金森長近は
   設楽原に参戦し鳶ヶ巣攻めに参加している。

 ●17・関ケ原合戦使用銃。
               ・川上豊弘氏蔵。
               ・尚古集成館寄託。

  ★慶長5年・(1600)・の関ケ原合戦に島津隊
   が使用したと伝えられる火縄銃。
   銃床に特徴があり、尾栓の部分が鳶口のように後
   ろへ伸び、ネジで銃床に固定されるようになって
   いる。
   この銃は種子島銃とは別系統のシャム製の火縄銃
   を原型にしたものと考えられる。
   川上家は薩摩島津家の重臣、関ケ原合戦ではこの
   鉄砲で有名な・「島津隊の中央突破」・を助けた
   といわれている。

 ●18・徳川家康所用火縄銃。
               ・久能山東照宮博物館。
               ・重要文化財。

―”二丁”―

  ★銘/刃鉄筒三重張・日本清尭・(花押)・慶長拾
   八年七月吉日。

  ★銘/南盤鋳穴栗鋳三重張・日本清尭・(花押)・
   慶長七年十一月吉日。

  ★徳川家康に関連する火縄銃は・「清尭」・と銘が
   あるものがある。
   「清尭」・とは三河出身の野田善四郎のことで、
   家康、秀忠のお抱えの鉄砲鍛冶であり、後に刀鍛
   冶に転向し、繁慶と改名した。
   現存する清尭銘の火縄銃は20挺もどで年記のあ
   るものは慶長15年から20年にかけての作品で
   ある。
   本資料には、火薬入、玉入、火縄などが付属して
   いる。

  ★火薬入/玉入/火縄。

 ●19・稲富一夢・花押入銃。
               ・林コレクション。

  ★銘/播州姫路之住高倉甚六作 象嵌銘/稲富一夢
   利齋・(花押)。

  ★戦国時代から江戸時代にかけて火縄銃の流派であ
   る稲富流を確立した稲富一夢利齋・(花押)・の
   象嵌を銃身に見ることができる。
   江戸時代の極初期の火縄銃である。
   尾張藩でも稲富流を用いるなど、各地の大名に多
   く採用された流派であった。

 ●20・朝鮮製火縄銃。
               ・林コレクション。

  ★豊臣秀吉が朝鮮に出兵したときに、大量の火縄銃
   が大勢の武将と共に同地に渡っていった。
   朝鮮での火縄銃の製作はこれ以降盛んになったと
   考えられる。
   日本の武将として朝鮮に渡り、この戦いが朝鮮の
   人に大きな迷惑をかけていることを悟り、その後
   朝鮮のために尽くした沙弥可は鉄砲衆の雑賀では
   ないかと考えられている。

 ●21・日野筒。
               ・林コレクション。

  ★銘/江州日野住錬中益屋六太夫作 寛永三年寅二
   月吉日平太夫。

  ★火縄銃の産地の一つであった日野で作られた火縄
   銃。
   寛永三年の銘があり、日野産の火縄銃としては最
   も古いものである。



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■他の出品も、是非、御覧下さい。


■商品詳細文の転用は堅くお断り致します。


■■入札案内・・・■■

●状態はすべて点検済ですが、
●見落し等が無いとは言えません。
●見解の相違も御座います。
●御了承、御理解の上、入札下さい。


■■支払詳細■■

●かんたん決済。


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●185円。
●クリックポスト。
   ・(日本郵便)。
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●落札後のクレームはお受けできません。
●落札日より7日以内に必ず決算下さい。
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●のキャンセルとして処理させて頂きます。
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●ず決済下さい。
●いかなる場合でも決済後に・一度発送致します。


■■要注意■■

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●上記事項を充分に御理解の上での入札とさせてき頂
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